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秋田地方裁判所 昭和53年(ワ)440号 判決

原告

後藤五郎

右訴訟代理人弁護士

高橋耕

鈴木宏一

被告

日本電信電話公社

右代表者総裁

真藤恒

右指定代理人

佐藤康

角田春雄

子吉三郎

高尾正紀

千葉忠吾

阿部勇行

高橋淳

泉良三

高村史雄

延沢恒夫

主文

一  被告が、原告に対してなした昭和五三年六月二三日付戒告処分は無効であることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金二一万一二一四円及び内金五六〇七円に対する昭和五三年七月二一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項同旨

2  被告は、原告に対し、金七一万一二一四円及び内金五〇万五六〇七円に対する昭和五三年七月二一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  右2、3項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求は、いずれもこれを棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  身分関係

原告は、昭和四〇年七月一日被告日本電信電話公社(以下「公社」という)仙台電信施設所統制試験課に見習いとして入社したあと、同年一一月一日正職員として採用され、同四七年一一月二〇日同公社横手統制電話中継所(以下「横手統話中」という)に転勤を命ぜられ、以来今日まで同中継所工事係員として勤務している。

2  原告は、昭和五三年五月一七日(以下昭和五三年に関する限り「昭和五三年」を省略し、単に「五月一七日」のように略記する)、横手統話中所長塚本定四郎(以下「塚本所長」という)に対し、同中継所備え付けの年次休暇記録簿に記載する方法により、同月一九、二〇日の両日を年次有給休暇(以下「年休」という)とする請求(時季指定)をし(以下五月二〇日の時季指定について、特に「本件年休時季指定」という)、右両日年休をとった。

3(一)  塚本所長は、本件年休時季指定のあった五月二〇日については、上長である同所長の命令に反して無断欠勤したものであるから、公社就業規則五九条三号、一八号(同規則五条一号違反の無断欠勤)に該当するとし、公社法三三条に基づき、六月二三日付で原告を戒告処分(以下「本件戒告処分」という)に付し、右辞令書は翌二四日原告に交付された。

(二)  次いで、被告は、右無断欠勤を理由にして、七月二〇日に支給すべき原告の七月分の賃金から、五月二〇日分の五六〇七円を減額した(以下「本件賃金カット」という)。

(三)  しかしながら、被告の本件戒告処分及び本件賃金カットは、原告が適法に年休を取得したにもかかわらず、これを無断欠勤であるとして行ったものであるから、違法・無効である。

4  従って、被告は、原告に対し、本件賃金カット分を未払賃金として支払うべき義務がある。

5(一)  塚本所長は、本件年休時季指定に対し、横手統話中における事業の正常な運営を妨げる場合に該当しないにもかかわらず、五月二〇日がいわゆる成田空港の開港予定日にあたり、その反対集会の開催が予想され、かつ、原告がこれに参加するものとして、これを理由に時季変更権を行使し、その後再三にわたり原告に対し右二〇日に出勤するよう求め、次いで、同日原告が欠勤するや、これを上長の命令に反する無断欠勤であるとして本件戒告処分に付した。

(二)  塚本所長は、右時季変更権の行使が労働基準法(以下「労基法」という)三九条に違反する違法なものであり、従って五月二〇日に原告が出勤しなかったことは無断欠勤とはならず、また出勤するよう命令することも根拠がなく、結局懲戒理由はなんら存しないにもかかわらず、これを知りながら本件戒告処分に及んだものである。

(三)  塚本所長は、被告公社の被用者であり、右措置はその事業の執行につきなしたものである。

(四)  原告は、塚本所長の右不法行為により精神的苦痛を被ったが、右損害を金銭に評価すると金五〇万円を下らない。また原告は、本件戒告処分の無効確認、本件賃金カット分の賃金や右慰謝料の支払い等を求めて、本訴を提起したが、事件の性質上その訴訟追行を弁護士に委ねざるを得ない。右弁護士費用は金二〇万円を下らない。

6  よって、原告は、被告との間で本件戒告処分の無効確認を求めるとともに、被告に対し、労働契約に基づく未払賃金金五六〇七円、労基法一一四条による右同額の附加金、不法行為による損害賠償として金七〇万円及び内右未払賃金金五六〇七円と慰謝料金五〇万円については、本件戒告処分がなされたあとで、本件賃金カットがなされた日の翌日である七月二一日から支払い済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2、3の(一)、(二)、5の(三)は認める。但し、2のうち年休取得の効果は争う。

2  請求原因3の(三)、4、5の(一)、(二)、(四)は争う。但し、5の(一)のうち、塚本所長が原告に対し再三五月二〇日に出勤するよう命じ、さらに五月二〇日の原告の欠勤が上長の命令に反する無断欠勤であるとして原告を、本件戒告処分に付したことは認める。

三  抗弁

1  原告による本件年休時季指定は、そもそも権利の濫用であって無効であるし、また、右時季指定に対し、塚本所長が後記のとおり時季変更権を行使したのであるから、右時季指定による法的効果は失効している。いずれにせよ、五月二〇日における原告の就労義務は消滅していないから、同日の出勤を命じた塚本所長の命令に反して欠勤した原告の行為は、上長の命令違反及び無断欠勤に該当することとなる。従って、これを理由としてなした本件戒告処分及び本件賃金カットに何ら違法はないし、また右諸措置の違法を理由とする不法行為の主張も理由がない。

2  時季変更権の行使

(一) 塚本所長による時季変更権の行使

塚本所長は、原告により本件年休時季指定がなされた五月一七日、原告に対し、同月二〇日は土曜日であり、午後の勤務者が原告一人であるから、同日の年休を付与することは、業務上支障を来すことになるので、同月二三日以降に時季指定をするよう申し向け、もって時季変更権を行使した(以下「本件時季変更権の行使」という)。

(二) 時季変更権行使の正当性

(1) 原告が、五月二〇日に年休の時季指定をすることは、横手統話中における事業の正常な運営を妨げる場合にあたるので、塚本所長が時季変更権を行使したことは正当である。

(2) 横手統話中の事業内容

ア およそ統話中は、公衆電気通信事業のうち、市外電話関係を受け持ち、その中で、主として、市外自動交換機どおしを結び合わしている同軸ケーブルなどの有線方式による多重伝送路部分の保守を担当する。そして横手統話中は、東北電気通信局、仙台搬送通信部の下部機関として、横手を中心とする秋田県南二市九町四村の伝送路を管轄する集中局で、その担当事業は、管内六四の無人中間中継所と九の端局の各施設内にある多重伝送路、通話路変換装置、超主群変換装置等の点検・修理等の保守業務及び管内の多重伝送路の開通や廃止等の建設業務に大別される。

イ 横手統話中にある三つの係のうち、試験係は、市外電話回線に関する定期、監査、調査の各試験や保全工事のそれぞれの実施計画の立案、職員の給与に関する事務、整備係は、所内機械設備に関して、試験係と同様の実施計画の立案、所内の庶務や経理の事務、原告の所属する工事係は、現場部門として、右各実施計画に基づく局内機械設備及び市外電話回線の各試験点検の実施や監視業務、障害修理及び諸設備の建設などの業務をそれぞれ分担していた。

ウ 最低配置人員配置時における業務

被告公社の提供する公衆電気通信役務は、国民にとって、寸時たりとも欠くことのできない極めて重要なものであるから、諸種の電気通信設備を直接に保守運用している横手統話中のような現場部門においては、右要請に応えて、二四時間の勤務体制を設定していたが、職員の社会生活上の便益も考慮に入れて深夜、土曜日の午後、日曜日、祝祭日などの各日ないし時間帯においては、一般的に職員もその勤務を積極的に希望しないため、服務線表上最低配置人員しか予定されておらず、その業務も、専ら、各種通信機器の監視、障害修理等の保守業務等必要最少限のものに限られていた。すなわち、警報監視作業や他関係局所等からの障害通報の受付等による障害の発見・確知、これに引き続き、障害試験の実施や関係局所等への照会・問い合わせを通じて得た情報に基づく障害種別や障害規模の調査判断、右判断に応じた修理作業の実施、修理要請を含む上司への報告や他関係局所への通報による障害の除去等の業務である。

エ ところで横手統話中は、全国の電話交換網からみると、東北の表日本と裏日本とを結ぶ重要な基点の一つとして、長距離の市外通話であっても良好なサービスを維持できるよう減衰した電気通信信号を増幅したり、あるいは方面別に市外通話をまとめて伝送するなどの機能を営んでいる。したがってその機能が損なわれると、その影響するところは、ひとり横手統話中の管内にとどまらず、秋田県内の通話の流れに混乱をもたらし、国民各層に大きな損害を与える恐れがある。

(3) 横手統話中の組織と勤務形態

ア 横手統話中の全職員は、所長以下計一九名であり、その構成は、所長、巡回保全長、試験係長、整備係長、工事係長各一名、工事係主任三名、工事係員一〇名、共通事務担当職員一名であった。

イ 右職員のうち所長、巡回保全長、試験、整備及び工事の各係長、工事係主任、共通事務担当職員は日勤勤務(午前八時三〇分から午後五時一〇分まで。但し、土曜日は正午までの短日日勤である)を行い、工事係員ら一〇名は、日勤勤務を行なう者五名と、日勤、宿直(午後四時五〇分から午前零時まで)、宿明(午前零時から同八時四〇分まで)の各服務を五日間のうちに繰り返す五輪番交替勤務者五名とに分かれ、右両群は、原則として、一〇週間毎に入れ替わる勤務形態がとられていた。なお右五輪番交替勤務のうち、宿直、宿明、土曜日の午後、日曜日及び祝祭日には、各服務毎に最低の人員である一名が配置されることになっていた。

(4) 事業の正常な運営を妨げる事由

ア 五月二〇日における人員配置状況

本件年休時季指定がなされた五月二〇日当時、原告は五輪番交替服務に従事し、同日は日勤の勤務割指定を受けていた。同日は土曜日であり、原告以外の職員については、佐藤誠洋工事係員が宿明、米谷源徳試験係長、木曾源輔工事係主任、山口秀美工事係員の三名が短日日勤、柳橋淳治工事係員が宿直の各勤務割指定を受けており、その余は週休となっていた。そのため原告が欠勤した場合、右当日の午前八時三〇分から正午までは三名(但し、午前八時四〇分までは、宿明勤務者もいるので四名である)で勤務することとなるが、正午から午後五時一〇分までは勤務者を欠く状態(但し、午後四時五〇分からは宿直勤務者がいる)となる。

イ 五月二〇日における業務遂行上の特殊事情

本件当時、成田空港(新東京国際空港)の建設、開港に反対し、実力で同空港を廃港に至らしめることを標榜していたいわゆる過激派ないしその同調者らは、各種の反対活動を行ない、空港やその関連施設ばかりか、これと直接の関係を有しない公社施設に対しても、無差別の破壊活動に及び、また爆破予告をするなどしていた。そのため横手統話中においても、仙台搬送通信部の指示も受けて、五月初めから特別災害対策の諸措置を講じることになり、災害復旧用設備、機器類の臨時点検や整備等の実施をするとともに、所長をはじめとする係長以上の管理者による管内無人局の夜間警備、同統話中庁舎の警備、非番時の自宅待機の各実施等の警備態勢を敷き、これと併せて不測の事態発生の場合における復旧対策措置を講じていた。ところで、五月二〇日は、延期されていた成田空港の開港予定日にあたっていたため、右過激派らによる開港反対のための各種行動が予想され、その一環として公社施設の破壊に及ぶことも危惧され、平常時に比して、より一層各種通信機器の保守等の業務の重要性が増大していた。そして、右過激派らによる破壊行為があった場合には、まず管理者らがその復旧に努め、次いで管理者らだけで対処しきれない場合には、一般職員を呼び出して復旧要員とすることも計画していた。それ故、原告が、本件年休時季指定をし、年休をとることは、右非常事態発生の際における復旧要員が一名減少するという結果となる。

ウ 以上の次第であるから、公社による公衆電気通信役務の不断の提供が要請されているにもかかわらず、五月二〇日に原告が欠勤すると午前中はともかくとしても、午後には最低配置人員すら欠くことになって、予定されていた各種機器の監視、障害発生時の対処等の業務を遂行し得ず、右要請に応え得ないことが明らかであるし、また、当日における前記特殊事情から窺えるところの平常時以上の業務の重要、不可欠性に鑑みると、原告が、五月二〇日に年休をとることは、事業の正常な運営を妨げる場合に当るというべきである。

よって、塚本所長による本件時季変更権の行使は、労基法三九条三項但書に基づく正当なものであり、原告の本件年休時季指定による法的効果は失効している。

3  権利の濫用

原告の本件年休時季指定は、形式上労基法三九条の年休請求権を行使する形態をとっているが、その行使の時期、意図、態様等からみて、実質的には、年休制度が設けられた趣旨、目的から逸脱する反社会的行動に出るために行使されたものであり、一般労働者、あるいは、公社職員として要請される信義に著しく反するものであって、許容されるべきでなく、権利の濫用に当るものとして、その本来の効力を生じないというべきである。

(一) 年休請求権の制約

(1) 労基法上年休制度が認められた趣旨は、年休をとることによって、労働による労働者の精神的、肉体的疲労を回復せしめ、その結果として、労働力の維持培養を図るとともに、労働者に対し、人たるに値する生活を得させようとするにある。ところで、権利一般について、およそこれが社会的に是認されている趣旨、態様を越えて行使される場合には、その濫用があるものとしてその権利本来の効力が否定されることについては、判例、学説上異論をみないところである。従って、年休請求における時季指定に関しても、右のような趣旨に由来する内在的制約があり、労働者においては、これを右趣旨に沿うよう利用すべきである。この意味で、年休請求権は、全く無制約の絶対的権利ではなく、相対的な権利というべきであり、右趣旨に明らかに反する意図をもってなされる年休請求は、もはや権利としての法的保護を受け得ず、その行使は無効なものというべきである。

(2) 年休請求権は、その行使に当っても、当該労働者の法的地位、行使の時期、態様、行使の際の客観的情勢等に即して、一定の制約に服するというべきである。

ア これを本件に則してみてみると、公社職員は、私企業の労働者に比べて、公共性の高い事業を営む公社に勤務する者として、公務員に準じて誠実にその職務を遂行すべき責務を有し、公社の内外を問わず一定の行為規範に従うべき義務を有するというべきであって、右趣旨は、公社法三四条、公社就業規則四条、九条にも規定されているところである。そして、このような公社職員の地位の重要性に鑑みると、職員は、本来の職務について、信義の要請に従った誠実な義務の履行が強く求められるばかりでなく、公社外での行動について要請される信義則に従った誠実義務の範囲や内容も、一般私企業の場合に比べてかなり広いものとなると解すべきである。

イ また、本件年休時季指定がなされた当時、公社がおかれていた状況をみるに、成田空港阻止闘争と喧伝されていた各種の行為に、公務員ないし公社職員らが参加して非違行為に及んだことについて、健全なる一般社会から、公務員や公社職員らの勤務関係について、強い非難を受けており、公社においてもこれら非難を正当に受け止めて服務規律厳正化の指示を出し、国民から公社及び公社職員に付託された信頼を確保すべく努力していたものである。

(二) 原告による本件年休時季指定の効力

原告は、成田空港反対を唱えている過激派集団の第四インターと称される組織の一員ないしはその同調者として、成田空港開港阻止を叫び、積極的な活動をしていた者であって、本件年休時季指定も、五月二〇日に開催が予定されていた成田空港出直し開港阻止を標榜する現地集会に参加するために行ったものである。ところで、当時行なわれていた成田空港反対闘争と称する現地集会は、平穏裡に反対意思を表明するというような憲法上その権利が保証されている集会ではなく、参加者において兇器を準備し、果ては警備の警察隊と衝突を繰り返すといった違法な行為に出ていたことは公知の事実であって、このような集会に参加して違法な行為に加わるために年休を利用することは、明らかに反社会的行動に及ぶための手段というべく、その場合における年休請求は、前述した年休制度が設けられた趣旨に反するばかりか、公社職員として要請される信義にも反するものというべきである。

以上の次第であるから、原告の本件年休時季指定は、権利の濫用として、その本来の効力を生ぜず、無効である。

4  塚本所長は、原告に対し、前記のとおり、五月一七日時季変更権を行使するとともに、同月一八日から二〇日までの間、連日電話をかけて、同月二〇日に出勤するよう命じた。しかし、原告は、右命令に従わず、同日午前八時三〇分から午後五時一〇分までの間欠勤した。

5  結論

(一) 以上のとおり、本件年休時季指定は、いずれにせよその法的効果を生じないから、原告には五月二〇日勤務すべき義務があったというべきである。従って、原告の五月二〇日の欠勤は、塚本所長の正当な就労命令に反してなされたものであるから、公社就業規則五九条三号にいう「上長の命令に服さないとき」に該当するとともに、欠勤につき正当な理由がないから、同規則五条一項にいう「職員は、みだりに欠勤してはならない」という規定に反し、同規則五九条一八号にいう「第五条の規定に違反したとき」に該当する。

(二) 懲戒事由が存する場合、これを理由に懲戒処分を行なうか否か、いかなる処分を選択するかは、一般に懲戒権者の裁量に委ねられていると解される。そしてその懲戒権の行使については、それが社会通念上著しく妥当を欠き、濫用と認められない限り、右裁量の範囲内にあるものというべきである。

しかして、本件戒告処分は、前記のとおり、所属長の再三にわたる就労命令に反し、故なく欠勤した原告に対し、被告から懲戒権を委任されている塚本所長が、公社法三三条に基づき、懲戒処分のうち最も軽い戒告処分を選択して発令したものであって、その行為の動機、目的、性質、態様、結果、影響等の諸事情を勘案すると、社会観念上著しく妥当を欠くものとはいえず、結局裁量の範囲内にあるものとして正当な処分というべきである。

(三) 同様の理由から、本件賃金カットも正当であるし、また、不法行為の主張も理由がない。

四  抗弁に対する認否と原告の主張等

1  抗弁1、3、5は否認ないし争う。

2  抗弁2について

(一) 認否

同2の(一)並びに(二)の(2)のアないしエ、(3)のア、イ及び(4)のアは認め、同2の(二)の(1)及び(4)のイ、ウは否認ないし争う。

(二) 原告の主張

(1) 年休の時季指定により事業上の支障が生ずるおそれがある場合、塚本所長は勤務割を変更する等の方法により代替勤務者を確保すべき義務があるというべきである。そして、その努力をしたにもかかわらず、代替勤務者を確保できない場合に、はじめて時季変更権を行使することが許されるものである。このように解さなければ、本件のように、最低の人員しか配置されていない場合には、勤務者は、年休を取得し難くなるからである。そして現に、職場慣行としても、右のような場合には、被告公社において代替勤務者を探し、その者の了解を得たうえで勤務割の変更を命じ、年休取得を可能ならしめているのである。また公社就業規則(二六条一項)や労働協約(四三中記第四六号)上も、年休の時季指定によって欠務が生じた場合に、勤務割を変更する旨の規定があるし、殊に交替勤務者が年休の時季指定をする場合には、前々日の勤務終了時までに時季指定しなければならないと定める公社就業規則三九条や年次有給休暇に関する協約の覚書(五二中覚第四号六)四項によれば、これは時季変更権を行使するか否かの判断を行なう時間的余裕を確保するためであると同時に、勤務割を変更するなどして代替勤務者を確保し、もってできる限り時季変更権の行使を不要にさせて、年休の取得に支障をきたさないようにしようとの配慮に出たものと解される。従って、前記のような場合には、当然に、被告公社塚本所長において、代替勤務者を確保すべきであったといい得るのである。

(2) ところで、本件年休時季指定がなされた五月二〇日は土曜日であって、平常時とは異なり、予定されていた業務も、専ら通信機器類の保守作業に限られていたのであるから、勤務者が原告でなければならない理由はないし、また他に代替勤務者を確保し難い事情も窺い得ない。現に五月一八日には、細川幸實工事係主任、中川秀紀工事係員の両名が、塚本所長に対して、原告に替わって勤務することを申し出ているほどである。

(3) しかるに、塚本所長は、本件年休時季指定に対し、何ら原告に替わる代替勤務者を探そうとせず、前記のとおり本件時季変更権の行使に及んだのであるから、たとい事業の正常な運営を妨げる事情が存したとしても、時季変更権の行使が正当であるとはいい得ず、違法であって、その効力は否定されるべきである。

(三) 原告の主張に対する被告の反論

(1) 本件のような最低の人員しか配置されていないときに、年休の時季指定があれば、被告公社において二四時間の勤務体制を必要とする関係上、欠務の状態を放置することはできない。請求者に年休を取得させるためには、当然のことながら、他の職員の勤務割を変更して代替勤務者を確保する措置をとらなければならないことになる。しかしながら、勤務割の変更とは、所属長が服務線表に基づいてあらかじめ指定しておいた勤務割を、勤務の始終業時刻の異なる他種の勤務割に変更することをいい、使用者として有する労務指揮権(業務命令)を行使するものである。そうであれば、勤務割の変更を命ずるか否かは、所属長の裁量に委ねられているというべきであり、所属長は、業務上の必要があるときや業務上やむを得ない理由があるとき(公社就業規則二六条一項、三一条一項)にのみ、業務運営及び要員配置の状況、当該職員の技能、経験、申し出の動機ないし必要性等の諸事情を勘案して、勤務割変更の要否を決定するのである。そして、勤務割の変更が、これを命じられた他の職員の生活上の利益を著しく損うものであったり、また、右職員が交替服務に従事する者であるときには、その者につき他日を休日として与えるなど、相当複雑な勤務割変更の措置をとらなければならないのである。それにそもそも土曜日の午後や休日に積極的に勤務を希望する者はいない。このような点に鑑みると、前記のような場合であっても、被告公社において、勤務割を変更するなどまでして、代替勤務者を確保すべき法的義務はないというべきである。

(2) 仮に、右のような場合に、被告公社に勤務割を変更するなどして代替勤務者を確保すべき法的義務があるとしても、勤務割変更をしないことにつき、更に合理的理由が存するときには、右のような義務は生じないというべきである。

ところで、本件の場合においては、前記三抗弁3の(二)のとおり、原告が本件年休を利用して成田空港に反対する過激派の違法行為に加担する蓋然性が強く、ひいては公社及び公社職員の信用を失遂し、当時公社においてとられていた服務規律厳正化の諸措置を無に帰せしめるおそれがあった。また、前記三抗弁2、(二)、(4)のイのとおり、五月二〇日は、公社において特別災害対策期間に指定していて、不測の事態発生の危険性も大きかった。にもかかわらず、原告の本件年休請求を認めるときは、その災害復旧に当るべき職員が一名減少することになるのであるから、塚本所長において勤務割を変更しないことにつき、合理的理由があったというべきである。従って、塚本所長において、勤務割を変更するなどまでして、代替勤務者を確保すべき法的義務は負担していなかったことになる。

3  抗弁4は認める。

第三証拠

証拠関係は、本件訴訟記録中の当該欄に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第一争いなき事実と争点

一  請求原因1、2(但し、年休取得の効果は除く)、3の(一)、(二)、5の(一)のうち、五月二〇日の欠勤が上長の命令に反する無断欠勤であるとして、原告に対し、本件戒告処分を科したこと、(三)及び抗弁2の(一)、(二)の(2)のアないしエ、(3)のア、イ、(4)のア、4の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実と双方の主張を勘案すると、本件訴訟の最大の争点は、結局五月二〇日における原告の就労義務の存否如何ということになる。そして右判断にあたっては、まず本件年休時季指定の効力が問題となり、次いで被告が抗弁として主張する塚本所長による時季変更権の行使が正当なものであったか否か、あるいは、時季指定そのものが権利の濫用に該当するか否かについての判断が必要となる。次いで、右検討の結果を踏まえて、不法行為の成否が問題となる。ところで、前記のとおり、原告による本件年休時季指定の点は当事者間に争いがないので、以下においては、まず本件時季変更権行使の効力について、次いで、本件年休時季指定が権利濫用になるか否かについて、順次検討することとし、その結果、原告において、五月二〇日就労する義務がなく、同日の欠勤について正当な理由があるということになれば、ひいては右欠勤を理由としてなされた本件戒告処分等の違法性が問題となるので、その場合には、更に不法行為についても判断を加えることにする。

第二本件戒告処分及び本件賃金カットの効力について

一  時季変更権の行使について

1  前記第一、一の当事者間に争いのない事実に、(証拠略)を総合すると次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、被告会社の職員であり、五月当時、同公社横手統話中に勤務し、工事係員として稼働していた。他方被告公社は、公衆電気通信事業及びこれに関連する諸事業を行なうことを目的として、公社法に基づき設立された公法人であり、また、塚本定四郎は横手統話中の所長であり、右職場における、原告の上司であった。

(二) 原告の所属する横手統話中は、全国市外電話交換網の中に位置し、専ら市外自動交換機とこれらを結び合わせる同軸ケーブルなどの有線方式による伝送路やこれに関連する諸機器の建設及び保守の各業務をその事業内容としていた。具体的には、市外電話回線や所内機械設備の各試験点検や障害修理等の保守業務及びこれら諸設備の建設業務である。

(三) 横手統話中の全職員は、所長以下一九名であり、その構成は、所長、巡回保全長、試験係長、整備係長、工事係長各一名、工事係主任三名、工事係員一〇名、共通事務担当職員一名である。原告は工事係員であり、五月二〇日当時は、そのうち外四名とともに、日勤、宿直、宿明の各服務を五日間のうちに繰り返す五輪番交替勤務に就いていた。ところで、被告公社は、その取り扱う電気通信役務の提供が寸時たりとも欠くことのできない重要性をもつことから、伝送路等の保守、建設にあたる中継所のような現場部門においては、二四時間の連続勤務体制を敷く必要があり、その要請を満たすため右交替勤務制をとっていた。そして、労使間の協議を経て決定された服務線表によれば、右交替勤務には、各服務毎に少なくとも最低配置人員である一名はあてることを予定していた。

(四) 交替勤務者が年休の時季指定をする場合、公社就業規則三九条及び年次有給休暇に関する協約の覚書(五二中覚第四号―六)四項により、原則として前々日の勤務終了時までに行うことと定められていたが、横手統話中における職場実態としては、必ずしも右規定に沿った時季指定がなされていたわけではなかった。そして、宿直、宿明、土曜日の午後、日曜日、祝祭日などにおいて、一人で勤務することが予定されていた職員が、年休の時季指定をした場合、整備係長、あるいは、巡回保全長らが交替勤務者を確保するため、職員と個別に折衝し、その都合を確認したうえで、塚本所長が勤務割を変更し、年休請求者の便宜を図るのが通例であって、本件当時までに、最低配置人員配置時の交替勤務者の年休請求に対し、時季変更権を行使した例は皆無であったし、また右交替勤務者が年休請求を差し控えるという慣行もなく、現に彼らによる年休取得の事例は数多く存在した。なお公社就業規則二六条によれば、勤務割変更の指定は、原則として前々日の勤務終了時までに通知することになっており、労働協約に準ずる団体交渉等記録書中の「一、第四次五か年計画について」の六項(三)(四三中記第四六号)によれば、前日または当日に勤務割を変更する場合は、本人の同意を要するとなっているが、横手統話中においては、前々日の勤務終了時より前であっても、勤務割を変更する場合は、本人の同意を得て命ずるのが慣行となっていた。

(五) 本件年休時季指定があった五月二〇日は土曜日であり、原告の勤務割は午前八時三〇分から午後五時一〇分までの日勤の指定であった。その余の職員については、宿明、宿直勤務者が各一名、午前八時三〇分から正午までの短日日勤者が三名であり、他は週休の予定であった。もっとも、後記のとおり当時横手統話中においては、成田空港に反対する過激派らによる公社施設の破壊等の違法行為に備えて、特別災害対策の態勢をとっていたため、塚本所長及び週休の予定であった成田健巡回保全長も日勤勤務に就くことになっていた。

ところで、横手統話中では、土曜日の午後などの最低配置人員配置時における業務については、月曜日から金曜日までのそれとは異なり、月間作業予定線表に基づく作業、すなわち既に認定した(二)記載の業務のうち、定期の試験点検や諸設備の建設等の作業は実施しないのが通例であり、専ら各種通信機器の監視や障害修理等の保守業務を行なうことになっていた。それ故右業務は一人で行い得るし、また特に原告でなければ行い得ない特殊な作業を内容とするものではなかったのである。なお土曜日の午前中における業務は四名の職員で遂行することが予定されていたが、欠務者の補充をしないまま三名で実施することもあった。

(六) 原告は、五月一七日、宿明勤務終了後、塚本所長に対し、前記の方法により、同月一九、二〇日の両日を年休とする指定をなしたが、これに対し、塚本所長は、一七日午後の電話で、原告に対し、二〇日について時季変更権を行使した。塚本所長は、二〇日が土曜日であり、午後の勤務予定者が原告一人だけであったことから、原告が同日の年休を取得すると、午後の勤務者を欠くことになって、横手統話中の事業の正常な運営に支障を来すと判断したものであり、原告に対してもその旨告げているが、更にそれ以上詳細な説明はしなかった。なお当時は後記のとおり服務規律の厳正化が仙台搬送通信部から指示されていたため、塚本所長は、事業の正常な運営に支障が出ると判断される場合に、特別の事情もないのに勤務割の変更をしてまで原告に対し年休を取得させることは相当でないと判断して本件時季変更権の行使に及んだものであり、それ故原告の本件年休時季指定を受けたあとも、代替勤務者を確保するための措置は一切とらなかった。また五月一八日、細川幸實工事係主任及び中川秀紀工事係員の両名から、原告の替わりに同月二〇日の勤務を引き受ける趣旨の話が塚本所長になされたが、既に時季変更権を行使したあとであり、また服務規律の厳正化が指示されていたことなどから、そもそも同所長に勤務割変更の意思はなく、それ故確たる応答をしなかった。

(七) 塚本所長は、原告に対し、五月一八日から二〇日までの間連日電話をかけて二〇日に出勤するよう命じ、殊に二〇日朝には、原告の欠勤は無断欠勤扱いになる旨の警告まで発したが、結局原告は同日出勤せず、同日午前八時三〇分から午後五時一〇分までの間勤務に就かなかった。そこで、塚本所長は、成田巡回保全長に代替勤務を命じ、同日午後における要員無配置状態を回避する措置をとった。

(八) 原告が、五月一九日、二〇日の両日を年休として時季指定した理由は、実家の農作業を手伝う必要があったことの外に、同月二〇日に開催が予定されていた成田空港反対の現地集会に参加する心算でいたためであるが、原告は、同月一八日実父が病で倒れたことから予定を変更せざるを得なくなり、結局同月二〇日も自宅にいたものである。

(九) ところで、本件当時における成田空港の開港をめぐる諸状況は次のとおりであった。すなわち、政府は、かねてから成田空港の建設を押し進め、三月には第一期工事も完了し、同月三〇日には開港の運びとなっていた。ところが、同空港の建設、開港に反対し、従前から種々の反対闘争を展開してきたいわゆる過激派らは、同月二六日同空港管制塔に侵入し、各種設備の破壊行為に及んだため、予定されていた開港が一日延期されることとなった。また右過激派らは、空港施設ばかりでなく、同月三一日には、千葉・成田間を結ぶ同軸ケーブルを切断するなど、公社の施設に対しても、同様の破壊行為に及んでいた。その後同空港は修復され、五月二〇日には、開港が再度予定されるに至ったが、なおも引き続き右過激派らによる反対闘争が懸念される状態であった。一方、右一連の反対闘争においては、警備中の警察官に対し、火炎ビンや石塊を投擲し、あるいは、用意した鉄パイプなどで殴打を加える等の違法な行為が繰り返され、右違法行為により兇器準備集合や公務執行妨害等の罪名で逮捕された者が多数いたが、前記三月二六日の事件に関係して逮捕された者の中に、公社職員が五名も含まれていたため、公社職員の服務規律に対し、社会から厳しい指弾が加えられていた。そこで右のような事態に対し、被告公社の東北電気通信局や仙台搬送通信部においても、内閣官房長官や被告公社副総裁による通達、指示に従い、管内の公社職員が再び成田空港反対闘争に参加し、違法行為に出ることのないように日常の管理、監督に留意し、かつ、年休請求に対しては、事業の正常な運営に支障がある限り、時季変更権を適切に行使し、特別の事情もないのに安易に勤務割を変更して年休を取得させてはならないなどと服務規律の厳正化について管内各統話中所長らに指示した。更に、五月二〇日の成田空港の開港をめぐって、過激派らによって公社施設が破壊されることなども懸念されたため、これに対抗すべく、公社施設の警備や非常事態発生時における復旧態勢の確立等を内容とする特別災害対策も、併せて指示された。これを受けて塚本所長は、巡回保全長、試験、整備の両係長らに命じて、災害復旧用設備、機器類の点検整備を実施させるとともに、非常時における連絡態勢の確立に努めたほか、横手電報電話局とも協力して、局舎の警備を実施した。しかし、同所長は、右巡回保全長ら以外の職員に対しては、特別災害対策としての諸措置を講じたことを何ら知らせなかった。

以上認定した事実に反する(人証略)中の当該部分は措信せず、他に右認定を覆すに足る証拠は存しない。

2  時季変更権行使の効力

(一) 労基法三九条三項但書にいう「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するか否かは、当該労働者の所属する事業場を基準として、事業の規模、内容、労働者の担当する作業の内容、性質、繁閑、代替勤務者配置の難易、労働慣行等諸般の事情を考慮して判断すべきものと解される。これは、要するに、年休請求者の担務を、その内容、性質等の観点から、事業場全体の事業と関連付けて比較するなかで、その位置、役割、重要性を把握し、評価如何によっては、右請求者が年休を取得することによって生ずる欠務状態が、直ちに事業の正常な運営を妨げることにはならない場合があることを意味する。それとともに、右担務の重要性等からみて、その欠務が、唯それだけで事業の正常な運営を妨げるおそれが強いと判断される場合であっても、右欠務が代替勤務者によって容易に解消される蓋然性が高いというような他の事情が存する場合には、結局事業の正常な運営を妨げる場合には該当しないと結論すべきことを意味するものである。

ところで、本件の場合には、前記第二、一、1、(三)で認定したとおり、被告公社は、その提供する電気通信役務が、国民の生活上一刻たりとも欠くことのできない重要性をもつことに鑑み、諸種の電気通信設備を直接保守している横手統話中の如き現場部門において、二四時間の勤務体制を敷き、その要請に応えているものである。従ってその事業の性質上、土曜日の午後のような最低配置人員配置時における勤務者を欠く場合には、唯そのことだけで事業上の支障を生ずるおそれが強いものと一応考えられるところである。そこで、以下においては、専ら代替勤務者配置の可能性の有無、程度を中心とした他の諸事情の存否について検討し、果して本件年休時季指定により原告が年休を取得することが、事業の正常な運営を妨げる場合に該当するか否かを判断することとする。

(二) 前記第二、一、1の(一)ないし(九)の事実、殊に

(1) 五月二〇日における原告の担務が、原告以外の職員でも容易に代替できる性質、内容のものであったこと、

(2) 代替勤務者は一名で足りるところ、五月二〇日は土曜日であり、原告以外で、所長及び巡回保全長を除くその余の職員の出勤予定及び休務予定の内訳は、短日日勤三名、宿直、宿明各一名、その余は週休となっており、結局代替勤務可能な者が、所長、巡回保全長、共通事務担当職員、宿直、宿明各勤務者、更に、当日における短日日勤勤務者三名まで除くとしても、一〇名はいたこと、

(3) また、これまで最低配置人員配置時における勤務予定者が、年休時季指定をした場合、整備係長らが代替勤務者を探して個別に折衝し、その同意を得たうえで塚本所長が勤務割を変更して欠務を補充するのが慣行となっていたこと、しかも、その様な慣行が、管理職の地位にある者や、特定の職員に土曜日の午後や休日の勤務を多くさせ、犠牲を強いる結果となっていたなどの事情も認められないこと、

(4) また一方右の土曜日の午後や休日のような場合であっても、年休時季指定を特に差し控えるという慣行もなく、現に年休を取得した例も数多くあったこと、

(5) そして本件当時まで、横手統話中においては、時季変更権が行使された例は見当らないこと、

(6) 原告は、公社就業規則及び労働協約の覚書に従い、前々日の勤務終了時以前に、本件年休時季指定をしたものであって、塚本所長において、代替勤務者を確保するための諸措置を講ずる時間的余裕は十分に存したこと、

(7) 既に時季変更権を行使したあととはいえ、現に五月一八日、職員二名(右二名の者が代替勤務者として不適であると認める証拠もない)から塚本所長に対し、原告に代って勤務をしてもよいとの趣旨の話があったこと、

などの諸事実を総合して勘案すると、塚本所長において、代替勤務者確保のために必要な諸措置を講じたならば、当日が土曜日で一般的には代替勤務が好まれていなかったとしても、比較的容易に原告の代替勤務者を確保することができ、かつ事業の正常な運営を妨げることはなかったであろうと推測される。いずれにしても、横手統話中における他の例と異なり、前記の諸措置を講じないでした塚本所長による本件時季変更権の行使は、その要件を欠き、無効というべきである。

(三) もっとも、被告は、このような場合であっても、勤務割の変更は労務指揮権の行使として塚本所長の裁量に原則的に委ねられているものであるから、同所長には勤務割を変更すべき義務はなく、ひいては勤務割を変更してまで代替勤務者を確保すべき義務もないし、また仮にあるとしても、勤務割を変更しないことにつき、更に合理的理由が存する場合には右義務は生じないし、本件の場合には右理由がある旨主張する。しかしながら、右所論に従えば、最低配置人員配置時における勤務予定者による年休時季指定は、公社事業の性質上、当該職員の欠勤による欠務という唯その一事で事業上の支障が生じるおそれが強いものと一応推測される結果、勤務割を変更するか否かの決定が、塚本所長の裁量に委ねられているとすると、勤務割変更の有無によって時季変更権行使の要否が決まり、ひいては年休を取得し得るか否かが決定されるという関係にあることからみて、塚本所長の一存で年休取得の可否が決まってしまうというようなことになりかねないが、このような結論は相当とは思われない。すなわち、右結論は、労基法三九条が、労働者に対して年休時季指定権を権利として付与し、労働者の希望する時季に年休を取得せしめて、年休の効果的な利用を可能ならしめ、他方これによって生ずる使用者との間の利害の調整については、事業の正常な運営を妨げる客観的事情の存する場合に限って時季変更権の行使を許容するという方法により、その実現を図ろうとした趣旨、目的に照らし、必らずしもよくこれに適合するものとはいえない。また、交替勤務者に限って特に前々日の勤務終了時までに年休の時季指定をしなければならないと定める公社就業規則三九条、年次有給休暇に関する協約の覚書(五二中覚第四号六)四項の趣旨、目的、すなわち、側用者に対し、時季変更権を行使するか否かを検討する時間的余裕を与えるとともに、勤務割を変更して代替勤務者を確保する機会を与えて、できる限り時季変更権の行使を不要ならしめ、もって労働者の年休取得を容易ならしめようとしたことにもそぐわないのである。そのうえ、最低配置人員配置時における勤務予定者が年休の時季指定をした場合、整備係長らにおいて代替勤務者を探し出し、塚本所長がその者の勤務割変更を命じて欠務を補充して事業上の支障を解消し、時季変更権の行使をしていないという横手統話中における職場慣行にも反することになる。従って、このような場合における勤務割変更について、これが大幅に塚本所長の自由な裁量に委ねられたものということはできず、殊に第二、一、2、(二)の(1)ないし(7)のように代替勤務者を容易に確保し得たであろう客観的事情の存する本件のような場合にあっては、塚本所長において、代替勤務者を探し出したうえで勤務割の変更を命じ、横手統話中における事業上の支障の解消に努めるべきであったというべきである。

また、被告は、勤務割の変更をしないことについて、本件では「抗弁に対する認否と原告の主張等」2、(三)の(2)記載のような合理的理由が存した旨主張するのであるが、右合理的理由があったものと認めるに足る証拠もない。

以上のとおりであるから被告の主張は失当である。

(四) 更に、被告は、本件当時、横手統話中において、特別災害対策の諸措置の一環として、塚本所長らにより、非常時における復旧要員の確保が計画されていたから、原告が、その指定どおり五月二〇日に年休を取得すると、他の職員に代替勤務を命ずることになり、その結果右復旧要員となるべき職員の数が一名減少することとなるので、やはり事業の正常な運営を妨げる場合に該当する旨主張する。

しかしながら、前記第二、一、1、(九)のとおり、特別災害対策としての諸措置は、塚本所長をはじめとする管理者の一部で実施されていたもので、一般職員は右諸措置がとられていることすら知らされていなかったのであるから、たとい塚本所長らにおいて、一般職員を非常時における復旧要員として確保することを計画していたとしても、原告ら一般職員の勤務には格別影響がなかったというべきであり、被告の主張は前提を欠き理由がない。

二  年休時季指定権の濫用について

1  被告の主張するように、原告において、反社会的行為に出るために、本件年休時季指定権を行使したことを認めるに足る的確な証拠はなく、また、他にその行使の態様や方式につき、一般労働者として、あるいは、公社職員として要請される信義に反したことを窺わせる事情についても、これを認めるに足る証拠はない。従って、右行使をして、権利の濫用にあたるとの被告の抗弁3の主張は理由がない。

2  もっとも、前記第二、一、1の(九)で認定したところの、成田空港の開港をめぐって展開された、いわゆる過激派を含む空港反対派による反対闘争の実態に加えて、(人証略)及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、従前横手駅前において、成田空港の設置に反対する趣旨のビラを配付したり、あるいは成田における現地反対集会に数回参加したことがあるなど、成田空港の開港に反対するための一定の活動をしていたこと、また本件年休時季指定をした五月二〇日にも、同日開催される予定であった右現地集会に参加する心算であったことなどの事実を認めることができる。しかし、更に進んで、原告が過激派ないしその同調者であったこと、これまで右反対闘争に関与して何らかの違法行為に及んだこと、あるいは、五月二〇日における現地反対集会において、何らかの違法行為に出ることも辞さない覚悟でいたことなどを認めるに足る証拠は存しないし、かえって(人証略)の証言及び原告本人尋問の結果によれば、本件年休時季指定の目的のなかに、実家の農作業の手伝いをすることが含まれていたこと、実父の病気という偶然の出来事があったにせよ、結局、原告は、五月二〇日における現地反対集会に参加しなかったことなどが認められるのであるから、前記被告の主張に沿うような事実を総合しても、なお、原告において、反社会的行為に出るために本件年休時季指定権を行使したものと推認することはできず、他にこれを認めるに足る証拠は存しない。

三  以上のとおり、原告の五月二〇日の年休は有効に成立し、同日における就労義務は消滅しているから、同日無断欠勤したこと等を理由とする本件戒告処分及び本件賃金カットはいずれも無効であり、従って、被告は、原告に対し、同日の未払賃金として金五六〇七円及びこれに対する支払期日の翌日である七月二一日から支払い済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

また、原告において、本件賃金カットから二年以内である一〇月三〇日に、本件訴えを提起したことが記録上明らかであるところ、本件事案の性質上、労基法一一四条により、被告に対し、右未払賃金と同額の附加金の支払いを命ずるのが相当である。

第三不法行為について

一  前判示のとおり、塚本所長が、被告公社の職員として、その事業を執行するにあたり、本件戒告処分をなしたことは当事者間に争いがなく、また右処分が違法であることは第二で判断したとおりである。

二  ところで、(人証略)によれば、塚本所長は、昭和四一年二月に八戸統話中の巡回保全長に就任したのを初めとして、本件当時に至るまでの長年にわたり、専ら被告公社の現場部門である統話中において、管理者の地位にあったこと及び本件戒告処分の発令にあたり、塚本所長において、すでに認定した前記第二、一、1の(一)ないし(九)のうち、少なくとも同第二、一、2、(二)の(1)ないし(7)の客観的諸事実は認識していたことを認めることができるから、これによれば、本件戒告処分の発令につき、塚本所長に、少なくとも過失があったものと推認し得る。そして右認定を覆すに足る的確な証拠はない。

三  原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告が、本件戒告処分により或程度の精神的苦痛を被ったことを認めることができる。しかし、戒告処分が、被告公社の懲戒処分のうちで、最も軽い処分である(公社法三三条、公社就業規則六〇条参照)ことに鑑みると、右精神的苦痛は、本件訴訟において、本件戒告処分の違法、無効であることが確認されることによって、慰謝され得る程度のものと認められ、逆に原告の精神的苦痛がそれを上廻るものであることを窺わせるだけの証拠はない。

四  (証拠略)によれば、原告は、本件戒告処分により前記のとおり精神的苦痛を被ったほか、昭和五四年四月一日に行なわれる定期昇給において、昇給標準額の四分の一を減じられたり(公社就業規則七六条四項参照)、あるいは、特別昇給の査定上、右処分の存することを不利益に考慮されたりするおそれがあったため、これら不利益を免れ、自己の権利を擁護するためには、本件訴訟の提起がやむを得ないものであったこと、訴訟の提起、追行には、一般的に高度の専門的法律知識と訴訟技術を必要とするうえ、本件にあっては難しい法律問題があったため、法律専門家である弁護士に頼らざるを得なかったこと、そして原告は、本件訴訟の提起と追行を弁護士高橋耕及び同鈴木宏一に委任したことなどが認められる。右事実に徴すると、本件訴訟に要した弁護士費用のうち、事案の難易、審理の期間、請求額、認容額等諸般の事情を斟酌して、相当と認められる範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係にある損害というべきところ、本件の場合は、金二〇万円をもって被告に負担させるべき弁護士費用の相当額と認めることができる。

第四結論

以上の次第であるから、本件請求のうち、本件戒告処分の無効確認を求める部分並びに被告に対し未払賃金五六〇七円とこれに対する支払期日の翌日である七月二一日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、附加金五六〇七円及び弁護士費用金二〇万円の各支払いを求める部分に限り理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用については、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用し、仮執行宣言についてはこれを付することが適当でないから、右申立を却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木経夫 裁判官 播磨俊和 裁判官仙波英躬は転補のため署名、押印できない。裁判長裁判官 鈴木経夫)

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